第21回セミナー・第3回懇親会 報告 「ガラスの天井」
昨日は曇天寒空の中、アカデミア第21回セミナーにご出席を頂きありがとうございました。
その後の懇親会も、皆様のご参加を頂き大変に楽しい宵となりました。また楽しいだけではなく、すでに高校受験や大学受験を経験された親御さんから、これから第一子が本格的に受験や教育の世界に乗り出す親御さんへ、知識や経験の伝達の場になっていることが本意に適いうれしいばかりです。
さらに、「進学校や教育産業との比較で言えば、出している実績に対して、アカデミアは課題の量と無駄が圧倒的に少ない」という点を、子育ての経験が豊富な親御さんに首肯していただけたのは、大変に大きな励みとなりました。
さて、セミナーで実際に古今の入試問題の難度の懸隔の大きさをご覧頂きましたように、平成の三十年間で高校入試も大学入試も漸進的に難化し、特に2011年の「ゆとり教育」廃止以後は、「別次元」の難度の世界に突入しつつあります。
「別次元」というのは、そもそも入試で問われる頭の使い方、すなわち知性の在り方そのものが変質しているということです。
その結果、依然として学校や教育産業の指導において中核を成している、暗記反復型の勉強法、知識伝授型の授業では、どんなに努力をしても現代の入試で求められている学力、知性の養成の役に立たないという現象が顕著になっています。
つまり、小学生の頃から勤勉に勉強を続けてきたはずだし、中学・高校と学校の成績は優秀だし、受験勉強もそれなりに早い段階から着手してきたにもかかわらず、入試問題に当たるとあるレベル以上の問題に歯が立たなくなってしまう。
それが、「ガラスの天井」です。
そして、「ガラスの天井」にぶち当たる原因は二つあります。
一つは、先述のように学校教育、教育産業が十年一日のごとく二十世紀の遺物のような暗記反復、知識伝授型の学習指導をあいかわらず守株しているうちに、入試問題、とくに大学入試問題の方は、社会情勢を敏感に反映して問題解決型の思考力を測定する方向へと変質してしまった。
その結果、目的とする大学入試と手段とすべき学習指導の間に、次元が異なるほどの齟齬が生じています。ゆえに、学校や教育産業が主唱する時代遅れの学習に傾注すればするほど、目的から遠ざかってしまうのです。
つまり、もはや目的とする大学受験とその手段としての受験勉強が整合しなくなったと言うことです。
だから、受験勉強の土俵で古い基準に則って学力を測定しているうちは成績優秀でも、いざ過去問を解いてみると、それまで養った学力とは別の資質が要求されているので全く歯が立たないということになってしまうのです。
もう一つは、人間の思考力の本質にあります。
思考力と言っても、実は何ら特別でも難しいことでもありません。
平たく言えば、思考力を身につけるとは、物を考えるときの目に見ない約束事を一つずつ守るように習慣付けるということです。
正しいサッカー的思考ができる選手とは、ゲーム中にフィールド上での約束事を瞬時かつ正確に実践できる選手です。
正しい音楽的思考ができるピアニストとは、演奏中に楽理上、奏法上の約束事を音に反映できるピアニストです。
勉強も同じで、ボールや鍵盤が言語や記号に代わっただけの話です。
無数の細かな「約束事」を連合させて、一つの行為を導くという点では、勉強もスポーツや器楽演奏と何ら変わりはありません。
たとえば英語だったら、代名詞を見たら、それが何を指示しているのか常に考えるとか、動詞を見たら「他動詞/自動詞」の区別を必ず意識するとか、名詞を見たら「可算/不可算」の違いを考えるといった、約束事を一つずつ学び、一度学んだら以後その約束事を守り続けるだけです。
そして、その約束事の膨大な総体が一つとなって作動するようになって初めて、正しい英語的思考がノンネイティヴでも可能となるのです。
というよりは、ノンネイティヴが正しい英語を話せるようにするには、ネイティヴが無意識に行使している約束事を、意識的、後天的に学ぶよりほかに方法がありません。
大学入試に話を戻しましょう。
努力を怠ってきた人だけでなく、努力を続けてきたはずの人までもが、実際の入試問題のレベルになると「ガラスの天井」にぶつかるのは、思考力を問われているにもかかわらず、暗記反復型の勉強、点取り虫的発想の勉強に努力を注いできたため、実際には「思考法の約束事」が習慣化されていないからです。
たとえば、英語の入試問題が「自動詞/他動詞」の区別を踏まえた読解を要求しているのに、受験直前までそれを意識しないで生きてきたら、何を解答すべきかさえ見当がつかないし、今更訓練のしようがありません。
レアルの久保君とは違って、部活の草サッカーの経験しかなく、フィールド上に事細かな約束事が存在することさえ知らないサッカー少年を、バルサBの試合に放り込んだら、他の選手が何をしているのか、今何が起こっているのか、自分がフィールドで今何をすべきかさえ全く分からず途方に暮れて立ち尽くす他ないのと同様です。
だから、大学入試において思考法が問われるようになった今、その思考法を身に付けるプロセスが「約束事の積み重ね」であるということを知らないか、もしくは疎かにしていると、大学受験勉強の最終段階で「ガラスの天井」にぶち当たることになのです。
難しいからできないのではありません。
簡単なことができていないから、難しいこともできないだけです。
この「ガラスの天井」をどうやって乗り越えるか。
それが今後の課題です。
(2020年1月27日記)
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