歴史の感覚2(2019年11月19日記)

 ここから三つの重大な解釈が導かれます。

 第一に、21世紀に入ってからの二十年近い無風状態は、決して当たり前ではなく、人類史の中でも極めて稀な幸福な時間であるということ。

 第二に、これまでの人類史を振り返ると、平和と経済的繁栄は軌を一にしている、つまり今日の世界経済の繁栄は取りも直さず、国際政治の安定の恩恵に大いに浴しているということ。

 第三に、1980年代後半以降に生まれた世代は、世界を揺るがす出来事を記憶として経験していないために、無意識のうちに安定と繁栄を前提として思考をしている可能性があること。つまり危機意識が希薄である。

 以上三点を指摘したからといって、話に落としどころは特にありません。

 ただ、軽い気持ちで過去半世紀を振り返ってみて、冷戦終結後の三十年間が世界史的に見てあまりにも無風であったことを、なぜ自分は見落としていたのか、そして同時代を生きながら、同時代を歴史として把握するのがいかに難しいか、それに少なからずショックを受けたのです。

 このまま無風状態が続き、小泉進次郎や戦争発言の国会議員のような冷戦期のリアルな緊張を知らない世代が政治や経済、教育を担うようになった頃に、長く忘れられていた歴史的緊張が訪れて、日本中が右往左往するようなことにならなければいいのですが。

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 さて、この二十年間のような政治的、経済的無風状態、もしくは第二のパックス・アメリカーナは、古代奴隷制度から封建制、帝国主義を経て、最終的に冷戦というイデオロギー対立を克服してついに人類が到達した、歴史的進歩の最終形態で永続するものなのでしょうか。

 それともやはり、古代アテネ、古代ローマ帝国、ルネサンス期のイタリアの全盛期、前漢の武帝や唐の玄宗皇帝、清の康煕帝治下、藤原政権下の平安朝、世界恐慌前の第一次パックス・アメリカーナのように、歴史の折々に出現する一時的に幸運な時間にすぎないのでしょうか。

 同時代に生きて同時代を呼吸しながら、同時代を客観視して正確に将来を予測するのは非常に困難です。とうてい自分にできる芸当ではありません。ただ、ものを考えること自体は面白いので、試みにいくつかの見立てをしてみましょう。

 まず、帝国主義列強がしのぎを削った二度の大戦や米ソ対立のような、国家間の軍事的対立を心配する必要はもうないでしょう。それらの対立は統合の過程に生じた軋轢で、すでに世界は十分に統合されてしまいました。

 むしろ現実的に想定されるのは、その逆回転ではないでしょうか。

 たとえば、現在のところプーチン、習近平という古いタイプの強権的な権力者によって辛うじて保たれているロシアや中国の統一が、彼らの引退後も保たれるかどうかはかなり疑問です。

 また言うまでもなく、EUは統合から再び分離へと向かっており、さらにその加盟国内部でもイギリスやスペインのように民族分離の気運が高まっています。

 アメリカでは人種をまたいで富裕層と貧困層、保守とリベラルに社会の分断が進んでいます。

 

 そのような未来の分断と分離の過程では、20世紀のような国家間の大きな軍事衝突が起こることはないでしょう。その代わりに小規模なグループ間の小競り合い、暴力が日常的になるかもしれません。

 次に、現在の経済的な繁栄は持続するでしょうか。

 歴史的に見て、投資が好循環を生んで経済が繁栄をするのは政治が安定している時です。単純な話、社会が安定していて未来に希望が持てれば、人々は余剰資金を投資や消費に回すし、社会が不安定で将来が見通せなくなれば、財布の紐をきつく締めていざと言う時に備えます。

 また一方で、今の中国のように生活が豊かであれば、反体制に走らなくなるので社会は安定します。そして、その社会の安定は巡り巡って経済的繁栄をもたらす。

 つまり、政治的安定と経済的繁栄は切っても切れない単一の事象の両側面であって、好循環の時はそれがらせん階段のように上昇していくし、逆回転すると直ちに垂直落下をするのです。

 現在の香港が良い例で、極端な物価上昇と貧富の差の拡大によって社会が不安定化し、反体制運動が起こる。その結果、経済があっという間に悪化し、それが一層体制に対する反感を募らせる。まさに負の循環です。いったい、香港の行き着く先はどこなのでしょう。

 そう考えると、現在の政治的・経済的無風状態が世界史の最終形態でない限り、これまでの歴史通りどこかで逆回転に入ると考えた方が理にかなっているかも知れません。もちろん、前者のような進歩史観的楽観が正しいのなら、それに越したことはありませんが。

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